こんにちは、とんびーです。
教育格差の定義はこちら。
教育格差(きょういくかくさ)とは、生まれ育った環境により受けることのできる教育に格差が生まれること。
「教育格差はこの世から無くならない」
私は実体験からそう考えています。
今流行の言葉を使えば「親ガチャ」に完全に外れて、もはや圏外...w
今回は、「シングル家庭のハードさ」の中で育った私とんびーが、教育格差を解決できないと考えるの理由を私なりに解説します。
また格差を感じた時に、私が子どものためにやってきたことをお話していきます。
この記事でわかることは以下の通りです。
- 教育格差を解決できないと考える理由
- 格差を感じた時、子どものためにできること
このようなことを考えている方に読んでいただきたい内容です。
- 教育格差について考えたい人
- 教育格差について知りたい人
- 少しでも格差を解消したいと思っている人
それでは参りましょう。
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教育格差を解決できないと私が考える理由
「教育格差は解決できない」と、私が考える理由は以下の通りです。
- 教育格差を作り出している生まれ育った環境が「経済状況」と「親の考え方」に大きく影響されるから
『「経済状況」と「親の考え方」の2つが、子どもの生まれ育つ環境を作る』
住んでいる場所など他にも要因はあれど、私が肌身をもって感じていたのは特にこの2つです。
私の家庭は、経済状況においても、親の考え方においても「教育」に対する風当たりの強い環境でした。
こればっかりは子どもがどうこうできるものではなく、それを受け入れ、その環境で生きていくしかありません。
一方、経済状況が許す家庭の子どもなら、出したお金に比例して良い教育を受けられるはずです。
じゃあお金がある家庭の子どもがみんなこういった教育を受けられるかというと、そうではないんですよね。
家庭が豊かだとしてもお金を出すのは親。結局「親の考え方」次第だからです。
親が教育にお金を出したくなければ、平均的な家庭以下の教育しか受けられない場合もあるでしょう。
と、思われますよね。
稼ぎはあるのに親がギャンブルにお金を使ってしまって教育費に回ってこないという同級生が私にはいました。
今回新型コロナの経済対策の一つとして「18歳以下の子ども1人あたり10万円相当の給付」がありました。
この給付の際には現金 VS クーポンの論争があったわけですが、結局現金給付となりました。
クーポンの場合は教育関連への使い道に限られますが、現金はどんな使い方もできます。
現金給付の陰で、子どものための10万円がギャンブルに使われてしまった家庭も、少なからずあるはずです。
経済的に豊かでなければ最初から選択肢さえもない。
経済的に豊かだったとしても、親の教育への関心も同時に必要なんです。
教育格差というと「経済状況」ばかりが取り上げられがちですが、私は「親の教育への考え方」がかなり影響すると思っています。
経済状況と親の考え方が教育格差に結びつく具体例
先ほどの同級生の例もそうですが、様々な要因が教育の機会を奪います。
生まれ育った環境がどの子も同一であれば、理論上は格差が生まれないはずです。
が、実際は同一になんてできません。
これは同じ家庭で生まれ育った兄弟間にも言えることです。
この世で生きている全員にとって生まれ育った環境は同一にはならないからです。
ここでは、教育格差に結びつく具体例を私の経験を交えながら解説していきます。
兄弟間・男女間でも教育格差は起こっている
兄弟間と男女間にも「教育格差」は存在します。
下記は、平成31年の東大の入学式で上野千鶴子さんが祝辞として述べられた中の一節です。
あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
この一節の前に上野さんは、前年の平成30年に行われていた東京医科大入試で不正があり女子学生が不利に扱われていたことに触れ、女性に対する世の中の扱いに異を唱えています。
男女間においては、教育の機会にとどまらずいろいろな場面で差別があり、それが格差として現れていますよね。
これは一番小さな社会と言われる「家庭」からも生まれています。
私はニュースで上野さんの祝辞を聞いて、ズバッと言ってくれてすごくスッキリしたのを覚えています。
こういうことって、同じ境遇、同じ立場の人でなければ理解してもらうことができない、「あなたの努力が足りなかったんでしょ」で片づけられてしまいがちなことなんですよね。
「がんばる意欲をくじかれる」経験をした人でなければ、「努力が足りなかった」のひと言では片づけられないことだと気がつかない。
生まれた環境、周囲の環境、親や周りの励まし、色々なことが重なって子どもは前に進めるし、その逆もあると改めて感じました。
親の考え方と家庭環境
私の家庭には「男は大学が必要、女には必要ない」という考えがありました。
親自身は昭和の時代に高卒で女性でも人並みに収入が得られていました。
そういったこともあって「女は高校までで十分」という価値観を持ち続けました。
女の私にも高校より上の教育を受ける必要はなく、高校を卒業したら働くことを要求してきました。
彼女が高校卒業後にどこに就職したのか、どんな仕事をしていたのかはよく話題になりましたが、進学の話をすると露骨に嫌な顔をしました。
女である私は「高校卒業後は働く」がスタンダードにされていて、進学する選択肢を最初は与えられませんでした。
一方、男兄弟は「大学に進学」がスタンダードになっていて、私は非常にイヤな思いをしました。
教育が生涯にわたって重要であると気づいている人が当たり前に持っている、
「大学へ行った方が生涯年収が上がるので先行投資する」
という価値観を彼女は全く持っていません。
彼女が持っていたのは「男だから大学に行くべき」という価値観なんです。
「親の考え方」つまり男尊女卑が働いていたわけです。
これはのちに、私が奨学金をもらって大学に進学しようとした際に彼女が猛烈に反対したことで、さらに確信を得ました。
経済的なことよりも「女のくせに大学へ行くのか」という考えが彼女の中で大きかったんです。
また最近、「ヤングケアラー」という言葉が話題になっていますね。
親の介護や幼い兄弟の面倒を見なければならない子どものことです。
こちらはもっと深刻です。
大変ですよ。介護なんて大人でもしんどいのに。
でもこれが、この子の生まれ育った環境です。
学業を断念したり、学業に支障が出たりすれば、これも教育格差の要因になります。
本来は大人が担うべきことを、子どもがやらなければならない状況にしています。
私自身には年の離れた兄弟がおり、保育園へのお迎え(昔は兄弟でもできたんです)や兄弟の面倒を見ながらの留守番をすることもありました。
親の介護ほど深刻ではないし、学業に支障が出るほどではないにしろ、多少の自由を奪われたもの事実です。
当然親戚は誰も助けてはくれなかったし、福祉に頼ることもありませんでした。
親や周りの大人が「人手が足りないのだから仕方がない」とか「その家の問題だ」とそれ以上考えることがない。
さらにシングル家庭においては「自分の蒔いた種なのだから仕方がない」、子どもに対しては「親を助けるのが当然」という価値観で片づけられてしまっているのが非常に問題だと感じています。
子どもには子どもの自由があり、子どもの教育の機会を奪ってまでもさせることなのかという視点が抜けています。
親が家庭環境を考え直さない限り、子どもの教育環境は良くなりません。
でも実際は日々の忙しさに追われて、考え直せないというのが実情でしょう。
親の考え方と周囲の環境
『「大学生を見たことがない」子どもたち…日本が抱える貧困問題』という、下記の興味深い内容の記事があります。
貧困家庭に無料学習支援を行うNPO「キッズドア」が行っている学習会でのお話です。
学習会の学生スタッフを見て「大学生って本当にいるんだ!」と言う子がいるのが、今の日本です。自分の親も大学に行っていないし、親戚にもいない。だから、大学生を見たことがない。大学なんていうのは特別な人が行くところで自分とは全く関係ないと思っている。
引用:「大学生を見たことがない」子どもたち…日本が抱える貧困問題 MONEY PLUS
先の流れからわかるように、私の日常には「大学」という存在がありませんでした。
大学に進学した数少ない「いとこ」が大学に合格した際には、
「大した大学に合格していない、聞いたことのない大学だよ。行っても意味がないでしょ。」
と、親から聞かされます。
小学生だった私は何もわからず、そういうものなんだと黙って聞いていましたが...
今考えると、本当にひどい言いようだなと思います。
「大学は行く必要がない」という、私への伏線を張っていたとしか思えません。
こんな感じで親戚にもちらほらしか大学生や大卒がいなかったし、私自身も親からの呪いを信じ、大学は何かもう「別次元の場所」というイメージのまま成長。
高校に入って周りの話を聞いているうちに、大学は特別な場所ではなくて勉強すれば誰でも行っていい場所なんだとわかったんです。
家庭がこういった状況の場合、親の価値観が変わるような新しい風がどこからか吹いてくる以外に、なかなか方向性を変えることは難しいんです。
だから親以外にどんな大人が周りに存在するかは、子どもにとって重要です。
家庭のあり方、親の考え方、周りとの関係、いろいろなことが違う以上、教育格差をなくすことはできません。
教育格差は世代間連鎖する
「医者の家系には、医者が多い」ことは有名です。
学力の遺伝もあるでしょうが、医者になるために必要な教育の秘訣があるのでしょう。
それに逆行して大卒が少ない家系には、その後も大卒が増えない可能性は高そうです。
「教育はほどほどでも人間は生きていける!」
「本なんか見なくても、テレビを見ていれば世の中の大半のことはわかる!」
と言っているのは、紛れもなく私の生まれ育った環境にいた人たちなのですが...
まあ、だからなのですが、私の家系には大卒がほぼいませんし、私の代にも大卒はほとんど生まれませんでした。
しっかりした教育を継承している家庭がある一方、教育をないがしろにする価値観を継承する家庭もあります。
親から聞いたことが当たり前、今の生活で満足していれば、これ以上高等教育を受けなくても稼げるし生活できる。
そもそも気がついていないので「世代間の連鎖を止める」という発想自体がありません。
ちなみに私の家庭では「親の考え方」「経済状況」「世代間連鎖」っていう三重苦が存在していました。
とんびー家では私自身の価値観、つまり「親の考え方」を変え、今まさに「世代間連鎖」を断ち切っている真っ最中です。
詳しいことは、運営者プロフィールに書いていますので、興味のある方はどうぞ。
格差を感じた私が、子どものためにやってきたこと
「教育無償化になるまで待つ」とか「政府に文句を言う」とか、私ももちろんあります。
でも受け身でいても仕方がないんですよ。
毎日忙しい親が子どものためにできることは何なのか。
そうやって考えていくしかないんです。
とりあえず私がしたのはこんなことです。
- 自分の「教育に対する考え方」を深堀りしてみた
- 今「子どものためにしている教育」を深堀りしてみた
- 子どもたちに「教育の重要性」を伝える
自分の「教育に対する考え方」を深堀りしてみた
小学生のときから、
とうすうす感じていた私。
それが「経済格差」とはわからなかったけど、子どもなりにやっぱ、肌で感じます。
成長するにつれ「あれっ?」となっても、そこから抜け出すのは無理ゲーです。
そして大人になって、子育てをしながら再び「格差」を感じる場面に遭遇。
特に自分が持っていた教育に対する「考え方」の部分です。
自分が親に植えつけられた考え方との違い、自分の家庭ではありもしなかった考え方を目の当たりにしました。
でも、今度は抜け出そうと思えば抜け出せるんですよ。
大事なのは「考え方」の方。
価値観を変えていくことです。
周りにお手本がなかったので、私が参考にできるものは「教育関係の本」でした。
ひたすら本を読み漁りました。
「教育の世代間連鎖をなくし、貧乏の連鎖を阻止する!!!」
なーんて、考えは全然なく...
今思えば、中途半端に周りに意見を求めることなく、教育をわかった人たちの本をよんだことが、一番の正解だったと実感しています。
その頃ブームが来ていた「辞書引き学習」の親野智可等先生の本は、たくさん読みました。
特に役に立ったのが、「親力」で決まる ! 子供を伸ばすために親にできることです。
子どもと関わる際の考え方、具体的な方法がたくさん載っています。
今考えると、この本に載っていたことって文化資本を高める取り組みでした。
文化資本については後述していますが、詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
【文化資本格差】本棚に本が1000冊あるので学力差が出る6つの理由を考えた
あとは「ドラゴン桜」。
これを読んで教育に対する考え方が変わりました。
他にもいろいろな本を読んで教育に対する価値観をどんどん塗り替えていきました。
本を読んでいてわかったことは、
親の考え方一つで子どもの人生がどちらにも大きく変わってしまうから。
自分の価値観の枠で考えずに、子どもの将来を純粋に応援できているのか、葛藤することもありますが、それを大事にしてきました。
自分の今までの考え方と周りの考え方にギャップを感じた時には、何が違うのか冷静に考えて深掘りしました。
私の場合は「受け継いだ価値観がおかしい」とわりと早めに気がついたので良かったのですが、
「私のやり方に間違いはないわ!」と、かたくなにならないことが大事です。
「自分が今まで作ってきた家庭環境は親から受け継いだものだったわ」
「今の生活に私自身の考えって、反映されている?」
「これって、本当にこのままで大丈夫?」
と自問自答する。
よいことも、よくない事も、自分の子どもに受け継がれていきます。
当然、家庭の文化的な面である「文化資本」も、子どもに受け継がれていきます。
世代間で連鎖します。
家庭環境は皆それぞれが「今やっていることが当たり前」を積み重ねて作られていきます。
だから、本やネットなどから違う価値観を知るのは新しい風です。
まずは気づくこと。
そして、ふと疑問に思った時に、今までと同じではなくどう行動するのかって大切です。
世代間連鎖を断ち切るには「気づくしかない」
貧しかったけど「親の考え方」のおかげで、兄弟そろって大学に進学している人もいます。
ビートたけしさんと兄の北野大さんです。
母親のさきさんが、かなりの教育ママだったそう。
「教育がないから貧乏になる」
さきさんは貧乏の連鎖を断ち切るために、必死になって子どもたちを教育したそうです。
その後たけしさんは映画監督になり、東京芸大の教授をされていたこともあります。
兄の北野大さんも明治大学などの教授をされました。
一番上のお兄さんも、専門学校に進学されています。
経済的にどうであれ、さきさんのように、親が教育の必要性に気がつけば、教育格差を縮めることは可能でしょう。
さきさんの例を考えると、やはり「教育格差」は経済的なものよりも「親の考え方」の方に大きく影響されているような気がしてなりません。
今「子どものためにしている教育」を深堀りしてみた
本を読んでいろいろな事を知った私は、子どものためにしている教育を深堀ってみました。
「教育」とひとくくりにせず、「お金が必要じゃない教育」と「お金が必要な教育」に分けて考えました。
お金が必要じゃない教育を充実できたら、経済状況に左右されない部分で格差を埋めていくことが可能です。
「お金が必要じゃない教育」=「文化資本」とは?
私はこれまでずーっと、子どもたちの学びにつながる環境を考えて実践してきました。
例えば、以下のようなことです。
- 落ち着いて勉強ができる雰囲気や場所をつくる
- 知的好奇心を刺激するような本を本棚に置く
- 正しい生活習慣を教える
- 学びにつながる外出先を選ぶ
- 教育に関わる会話をする
これは先ほど上で触れた、まさに「親の考え方」、価値観に関わってくる部分です。
経済的な部分とは別の、家庭における文化的な環境のことを「文化資本」と言います。
文化資本は「金銭によるもの以外の、学歴や文化的素養といった個人的資産」のことで、親の考え方や価値観を元に家庭で作られるものです。
「金銭によるもの以外の」ということなので、お金のかからない教育と考えていいでしょう。
実は、文化資本を高めると学力が上がることがわかっています。
【文化資本格差】本棚に本が1000冊あるので学力差が出る6つの理由を考えたでは、家庭にある本の冊数と学力の関係について解説しています。
文化資本について興味のある方はぜひご覧ください。
私は、自分の価値観で作ってきた、学習環境、生活習慣、普段の会話、言葉遣いを改めて考え直しました。
休日の過ごし方や見ているテレビも、選び方しだいで学びに結びつけられると気がつきました。
学びを深めるテレビや動画とのつき合い方については、以下の記事で詳しく解説しています。
【子どもと動画・制限した結果】十数年、続けてわかったメリットとデメリット
お金がないとお金がない事ばかりに気を取られますが、お金をかけないで文化資本を高める方法をとにかく考えました。
文化資本の高め方については、以下の記事で詳しく解説しています。
【教育格差と文化資本格差の関係】家庭でできる!学力アップのための文化資本の高め方
上記の記事では「お金が必要なもの、必要じゃないもの」いろいろなことを例として挙げています。
子どもが毎日勉強する学習環境についてもしっかり考えました。
学習環境を整え、子どもが勉強するようになるシステムを作る方法については、以下の記事で解説しています。
【子どもが勉強するようになる】システムの作り方!ご褒美制度と学習環境を整える
塾・通信教育・習い事「お金が必要な教育」の必要性を改めて考える
一方で、塾、通信教育、習い事...これらは「お金が必要な教育」です。
できれば少しでも費用を抑えたい。
だったら、とりあえず通信教育、とりあえず塾、とりあえず習い事...
とならないように、本当に必要なのかどうかを考えるコト、大事です!
惰性で続けている通信教育や習い事がないかどうかも考えます。
目的を明確にしないとモッタイナイですからね。
中学生になると「みんなが行き始めるから」という理由で通塾する子どもが増えます。
が、私は「塾は本当に必要な時にしか行かせない」と決めていました。
塾はレベルアップしたい時に使うものと考えていたからです。
だから「授業に追いつくため(補習塾)」とか「みんなが行っているから」という理由では通塾しないようにしました。
塾に行くことも考えて、一番レベルの高いクラスに入ること、塾に入る時点でトップのレベルにいることを目標に準備していました。
やるべきことがたくさんあり大変でした。
が、結果、長女は中3で通塾した際、一番上のクラスに入ることができ偏差値70の高校へ入学できました。
子どもたちに「教育の重要性」を伝える
私はできるだけ早くから子どもの教育に目を向けました。
塾に行かないぶん、文化資本を高めたり、学習環境を整えて家庭学習を充実させました。
これには2つ良いことがありました。
1つは、それほど教育費をかけないで済んでいること。
もちろん家庭学習も「お金が全く必要ない」わけではありませんが、通塾より明らかに費用がかかりません。
問題集を使い倒して家庭学習を充実させる方法について、下記の記事で解説しています。
【問題集を使い倒す方法】学力アップと節約のために実践した5ステップ
上記の記事では、塾と家庭学習の費用についても簡単に比較しています。
ぜひ参考にしてみてください。
2つ目は、私が親から受け継ぐことが無かった「教育は重要だ」という意識を、今子どもたちに伝えられていること。
子どもたちがそれぞれ家庭を持った時には、自分のこどもにもしっかり「教育の重要性」を伝えてくれると思います。
勉強が自分にとってプラスになるという実感を持っているので、もし将来、経済的に厳しい状況になっても「教育の重要性」を失わないでいてくれると考えています。
私の代で「気がついて」、子どもたちの代で「世代間連鎖を断ち切る」ことができました。
まとめ
「教育格差」という言葉がよく聞かれるようになったのはなぜ?
子どもの教育を何とかしたいと思う親の声が、やっと取り上げられるようになってきたのか、なってないのか...う~ん。
単純に格差が広がってきているということなんでしょうね。
とりあえず私たちができることをやるしかありません。
- 自分の「教育に対する考え方」も深堀りしてみる
- 今「子どものためにしている教育」を深堀りしてみる
- 子どもたちに「教育の重要性」を伝える
経済的な格差を解消するのはとても難しいことですが、親の考え方は変えていくことができます。
まずは「気づくこと」。
気づいて変えていくこと。
日々の文化資本を高める取り組みは、手っ取り早く今からできるようなことばかりです。
最近は返済不要の奨学金の話がチラホラ出てきたり、学費が不要の学校もあったりします。
そういった意味では、現在は環境が少しずつですが改善されています。
私の頃は全然なかったし、そもそも情報を手に入れるのが大変でした。
今はインターネットで情報を得られます。
親も子ども自身も自ら情報を探して、いろいろなツテを使えば、学びを諦めずに済むかもしれません。